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高知地方裁判所 昭和44年(わ)16号 判決

主文

被告人を死刑に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三七年一〇月二四日より同四二年一〇月二三日までの間海上自衛隊員として勤務していたものであるが、友人の田城松幸の妹成子(田城清明の四女)に好意を抱き、同四二年六月ごろ同女に結婚を申し込んだが、同女ならびにその一家が革新主義者であるところから、主義相容れざるものとして断わられ、さらは同四三年一月同家を訪れた際、右松幸らと思想的に対立し不快な思いをしたことなどから右一家を深くうらみ、遂には右松幸、成子ともどもその家族をも殺害してその意趣を晴らそうと決意するに至り、同年一二月末ごろ、当時勤務していた呉市元町大広東三、七七〇番地、国興産業株式会社月星現場から長さ約八〇・四センチ、巾約三・六センチ、厚さ約一・三センチの棒様鉄片(昭和四四年押第一七号の五)を持ち出してこれに茶色の紙テープを巻きつけ、木片に偽装してこれを携え、同年一二月三一日中村市久保川五五九番地の一の被告人の両親方に立ち戻り殺害の機会をうかがい、同四四年一月三日午後一〇時過ごろ、高知県幡多郡大方町浮鞭二、〇七二番地六の田城清明方に赴いたところ、前記松幸、成子の実姉上甲笑(当時三三年)から冷たくあしらわれ、帰宅を促されて石崎ハイヤー所属の岡村正幸(当時二四年)運転の車を呼び乗車させられたため犯行の機会を失して一旦は中村市に向つたが、憤まんやるかたなく、途中一一時五〇分ごろ、再び一家を殺害すべく岡村運転手に田城方へ引返すことを強要して右田城方に引返し、岡村を下車させて田城方玄関四畳の間まで連行し、翌一月四日午前〇時二〇分ごろ、まず右岡村の隙をみてその場で携行していた前記鉄棒で殺意をもつて同人の頭部を殴打したのを始めとして、奥六畳の間において、就寝中の上甲笑の長女上甲由起(当時七年)、次女上甲富美(当時五年)、三女上甲直美(当時一年)の各頭部を、さらに玄関四畳の間で、かけつけて来た近所の山本富男(当時五二年)の頭部を、また玄関において、上甲笑および悲鳴を聞いてかけつけた前記山本富男の長男光男(当時二〇年)の各頭部をそれぞれ右鉄棒で殺意をもつて殴打し、よつて上甲笑を頭蓋骨骨折による脳出血により、山本光男を頭蓋骨骨折、脳挫滅による脳機能障害により各即死させ、上甲由起を血管破裂を伴う頭蓋骨骨折などにより同日午前七時三〇分ごろ、中村市中村二四〇番地中村市民病院において死亡させ、上甲富美を頭蓋骨骨折、脳挫滅により同日午前九時五分ごろ同病院において死亡させ、山本富男を頭蓋骨骨折、脳出血、脳挫滅により同月八日午後一時四八分ごろ、同病院において死亡させてそれぞれ殺害の目的を遂げ、上甲直美に対し、全治期間不明の側頭部打撲傷、脳挫傷の傷害を、岡村正幸に対し、全治約二ケ月間を要する後頭部挫創、脳震盪、頭蓋内血腫疑の傷害を各負わしたのみで殺害の目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行当時心神喪失ないし耗弱の状態にあつた旨主張するので按ずるに、前掲各証拠および鑑定人木村定作成の鑑定書を総合すると、被告人は過去に精神分裂病で入院した経歴を有し、犯行当時、右病気により通常人の健全な人格に比し多少劣るところがあつた(精神分裂病の欠陥状態にあつた)けれども、本件犯行は、精神病にいわゆる幻聴や妄想ないし作為的体験といつた病的体験と直接のつながりがないのみならず、判示のように、被告人は周到な準備のもとに現場に臨んでおり、犯行直前一旦は判示田城方を立去つたけれども再び同所に引返したものであること、犯行中電話線を切断し、逃走に際しては、犯行に使用した鉄棒を海岸砂中にうめ、着ていたコートを別の場所に投棄するなど証拠いんめつを計つていることなどが認められるので、当時理非善悪の弁識力、右弁識に従つて行動する能力に大いなる欠陥がなかつたことは明らかであり、弁護人の右主張は採用しえない。

なお付言すると、被告人は本件公判廷において、沈黙または黙秘し、鑑定の際も、鑑定人の問診に全く応じなかつたことがうかがわれる――鑑定留置の場所から逃走した事実もある――が、前記のとおり犯行当時理非善悪の弁識能力に大きな欠陥がなかつたこと、警察、検察庁における取調べにおいて、自供が転々としている経過と態様や、法廷において黙秘しながらも、自己の有利なことがらについては発言し、質問に対し判断に迷うとき答をそらすなどといつた様子を詳細に検討すると、被告人はことさら精神病者をよそおつている疑いが非常に濃いといわざるをえない。

(法令の適用)

被告人の上甲笑、上甲由起、上甲富美、山本富男、山本光男に対する各殺人行為は、それぞれ刑法一九九条に、岡村正幸、上甲直美に対する各殺人未遂行為は、それぞれ同法二〇三条、一九九条に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、その犯情に照すとき、最も幼少でいたいけな上甲富美に対する殺人の罪について所定刑中死刑を選択するので、同法四六条一項本文に則り右刑に従つて他の刑を科さず、従つて被告人を死刑に処し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

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